Haruki's way

〜スペイン・この不可思議な国〜

靴屋さん

靴屋さんの外観。古い感じが漂っています。

靴屋さんの外観。古い感じが漂っています。

昨年末、子供の赤い靴と紺色の靴に合う靴クリームが見つからず、色々なデパートや靴屋を見た後、そういえばと思ってこの靴屋に入りました。中には何十種類もの靴紐や靴クリーム等が所狭しと置かれています。WOLYという見た事のないメーカーの靴クリームの中から、お店の人と一緒に子供の靴に合う色を見つけて試してみると・・・そのクリームの色がピタリと合った上、クリームを塗った後の靴の状態が驚く程良いことに感心してしまいました。

このクリームの種類の多さは圧巻です。

このクリームの種類の多さは圧巻です。

話を聞いてみると、普通の靴クリームには2種類のワックスが使われているけれど、このクリームには3種類の上質のワックスが入っており、革がしっかり栄養を吸い取って長持ちするようになるとのこと。なるほど、靴を生かすも殺すも靴クリーム次第ということなんですね。ちなみに、私はそこまで好きでない有名な某ブランドの靴クリームについて話を聞くと、「あのクリームは質は悪くないけれど、昔から改良を全く加えないままここまで来たから、有名な割にはそこまで良い物ではないよ。」とのこと。恐れ入りました。

この感動した体験が元で、この靴屋の人と本当にしっかり話をしたいという思いが募り、先月休暇を利用してお店の人と話をすることにしました。都合の良い時間等を聞いた所、最初はお店の古参の男性に「うちの仕事をコピーするとかではないよね?」と聞かれてしまいましたが。最後は気持ち良く了承してくれましたが、これもやっぱり中国人の経営するビジネスがスペインにも進出しているせいだろうなぁ・・・と思いました。

この作業台は100年近くも使われており、創業者のルイスさんの息子、今引退するルイスさんが物心ついた頃にはここで遊んでいたとか。

この作業台は100年近くも使われており、今引退するルイスさんが物心ついた頃にはここで遊んでいたとか。

この靴屋の名前はL.マンチョ(L. Mancho)。現在の経営者のおじいさんの名前であるルイス・マンチョ(Luis Mancho)から来ています。ルイスは生まれつき体に障害があり戦争には行けない状態だった上、彼の母親の再婚相手が彼を疎んじていた為、靴屋に奉公に出されます。その靴屋は1917年に開業していますが、1919年に彼が靴屋の主として事業を始めています。このような経緯から、お店は1917年に開業、家族経営を続けて今に至ります。

修理が終わった靴達。こんな厚い本皮の靴底も作っています。

修理が終わった靴達。こんな厚い本皮の靴底も作っています。

この靴屋の仕事について聞いた所、「革を使った全ての作業」との答えが返ってきました。それもそのはず、履きにくいブーツにファスナーをつける作業、革張りのヒールの修理、靴底の縫い付け、ベルトの金具の交換、革のジャケットのボタンホールの修理、足に合わせた靴の形の調整、ローファーの房飾り(fleje)の製造と取付け。本当に「想像し得る全ての革製品の作業」と言っていたお店の人の言葉が理解できました。修理済みの靴を見ると、どれもとても美しい仕上がりで、さらに靴が磨き上げられていて本当にびっくりしました。お店の人によれば、「靴はきれいにならないうちは修理済みとは言えない(Un zapato no está arreglado hasta que no está limpio.)。」とのこと。実際、お店に靴を取りに来て、「私の靴はこんなにキレイじゃない。」と言うお客さんもいるとか。納得です。

つやつやに磨かれた靴達。

つやつやに磨かれた靴達。

彼らの職人技の素晴らしさは修理後の靴を見ればよく分かりますが、インタビューの途中でも彼らの靴に対する愛情と仕事に対する厳しい姿勢が伝わってきて、こちらもいたずらに相手の時間を浪費してはいけないと感じました。例えば、インタビューに応じてくれた女性メルセデス(Mercedes)はルイス・マンチョの孫に当たる女性ですが、「こちらはある時間を使って精一杯仕事をしています。お客さんを待たせている中、私達にとっては1時間あれば簡単な靴の修理2足分が手がけられるんです。それを切り詰めるということは、お客さんをさらに待たせることになる上、お店の収益の減少にもつながるんです。」と言われた時には、これが自営業の厳しさかとはっとさせられました。同時に、それだけ真剣に仕事をしている人の話を聞けるというのは贅沢な事だと実感しました。

靴の幅を広げたり形を調整したりする機械。ゆっくりと広げて行く為、他の靴屋さんより時間がかかる反面、革に負担がかかりにくいとか。

靴の幅を広げたり形を調整したりする機械。ゆっくりと広げて行く為、他の靴屋さんより時間がかかる反面、革に負担がかかりにくいとか。

順番待ちの靴も沢山あります。

順番待ちの靴も沢山あります。

機械化と靴の大量生産が進んだ昨今、靴を修理するより買い替える人が増えているのではと聞いた所、「本当の職人による靴の数は減っているものの、このように全ての修理を行える靴屋も減っている為、特にこの店で顧客の数が減ったということはない」との返事が来ました。ただ、修理に必要な部品を作れる工場/工房はどんどん減っているようで、ある部品が尽きたらそれ以上はできない種類の修理もあるとのことでした。それでも、お店に来る人たちの会話を聞いていると、「これは私が20年以上前から持っているブーツで・・・」「母の靴だった物だけれど・・・」「こんなに履きやすい靴はそうそうないから・・」等々、皆の靴に対する思いが伝わってきて、こういう人達の希望を叶える靴屋の存在の有り難さをしみじみと感じました。

お店の奥には、昔実際に使っていたという電話が。こちらの大手電話会社がほしがったけれど断ったそうです。

お店の奥には、昔実際に使っていたという電話が。こちらの大手電話会社がほしがったけれど断ったそうです。

現在の従業員は4人。ルイス・マンチョの息子の(これまた)ルイスが現在は半分引退しており、その子供二人と他の二人の従業員が仕事をしています。一人はエクアドルで革製品の仕事をしていたという男性、もう一人はある靴屋の息子という男性です。彼らの作業風景を見学しましたが、靴底の修理の為に型紙を取って革を切る作業、靴の革を縫う作業等は、素人の私から見ても熟練の技術が必要なことがよく分かりました。靴の修理には13工程あるそうですが、夫々が全ての工程を高いレベルで仕上げることができるとの説明を受けたので、このような技術のある人達を見つけるのは大変ではと聞いた所、「見つけるのが大変な上、若者を新たに教育しようにも教育するだけの時間も資金的余裕もない」との返事が返ってきました。どの職業でもあることかも知れませんが、このような職人の数が減っているのは非常に残念なことです。

彼の靴底のパターン作りと裁断は芸術的だとか。

彼の靴底のパターン作りと裁断は芸術的だとか。

紙を靴底に合わせて型紙を作った後、それを使って靴底になる革やゴムを裁断します。

紙を靴底に合わせて型紙を作った後、それを使って靴底になる革やゴムを裁断します。

話を聞いていて一番感じたのが、「職人技の良さ」「伝統工芸の大切さ」はどこでも認識されているにも関わらず、人間国宝にでもならない限り、こういった職人や職業を本当に保護する制度が存在しないということです。例えば、この靴屋は「マドリッド伝統店舗(Establecimiento tradicional madrileño)」に選ばれていますし、その他いくつもの表彰を受けています。では、これが何に役立つかというと、その名前以外には何もない訳です。このような本来保護すべき職業に対しては何の保護政策もなく、スペインの大企業INDITEX (ZARA, Massimo Dutti, Oysho等を含むグループ企業)に大しては優遇税制があるのは残念としか言いようがありません。もちろん、この大企業がスペイン経済を潤していることを考えれば、政府の政策としては理解できなくはないのですが、本当のスペインにある伝統的な職業を保護しないと、この国の文化の一部を失うことにもなりかねません。スペインの伝統的な建築物が稚拙な「修復」によって破壊されるという話を何度も耳にしただけに、このような話には不安を感じてしまいます。スペインのこのような産業に政府がもっと目を向けるような方法が何かないだろうか、私達にもできることがないだろうか、とこのインタビューの後からさらに考えています。

賞状の数々。

賞状の数々。

こういった賞状はお店の奥で埃を被っていました・・・。

こういった賞状はお店の奥で埃を被っていました・・・。

余談ですが、この靴屋には、なんと第一次大戦の時の靴もありました。(記念か何かでしょうか??)歴史的に価値のある靴に触れることができ、これも貴重な体験となりました。また、現在世間を騒がせているスペインのクリスティーナ王女の家族の靴もありました。どうやら、関係者が靴の修理を依頼したものの、最近の騒動で引き取りに来ないまま時間が経過してしまったようです。

第一次大戦の時に使用された靴。

第一次大戦の時に使用された靴。

インタビューを終え、お店の人達の靴に対する愛情、仕事に対する誇り等に感心し、何とも言えない清々しい気分になりました。同時に、私達がどのようにこういう本当のプロの職人を支え、こういった産業を保護できるのか、何かきっかけが見つかればと思わずにはいられませんでした。

部品はこのような引き出しに分類して保管されています。

部品はこのような引き出しに分類して保管されています。

靴屋さんの情報:
Taller de Zapatería L. Mancho

Calle Marqués de Urquijo, 31
28008 Madrid, Spain
Tel: 91 548 14 32

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