Haruki's way

〜スペイン・この不可思議な国〜

Ávila

アビラの城壁にある門。アルカサル門という名前から、イスラム教徒の影響があったことが伺えます。

アビラの城壁にある門。アルカサル門という名前から、イスラム教徒の影響があったことが伺えます。

先週末に会社の同僚マルタ(Marta)と旦那さんのフアン(Juan)と、私と夫の4人でアビラ(Ávila)に行ってきました。アビラはマドリッドの西にある県で、Castilla y Leon州にあります。マドリッドから車で1時間程度、小旅行にはもってこいの場所ですが、さすが寒いことで有名なCastilla y Leonだけあって、本当に寒かったです。

MartaとJuanの犬、ダックスフントのTrufaも旅行に参加。すぐになついて本当に可愛かったです。

MartaとJuanの犬、ダックスフントのTrufaも旅行に参加。すぐになついて本当に可愛かったです。

マルタとは同じ部署で仕事をする関係でよく話すようになり、気がついたら同僚の中でもとても気が合う人になり、今に至ります。モデルのようにスタイルが良く、灰色がかった青緑の目がきれいな可愛らしい女性です。私が外部にスペイン語で改まったメールを書くときは、必ずと言っていい程彼女に最終チェックをお願いしています。当たり前なのですが、彼女が直すと文章がすっきりして、思わず感嘆。「マルタは本当にintelligent ねぇ。先生になれるよ。」と言うといつも笑われます。

アビラは海抜1131mの高地にあり、冬はたくさん雪が積もりますが、その分夏は涼しく、避暑地としても知られています。また、Castilla y Leonはタパス(バルのおつまみ)が美味しいことで知られていますが、アビラはタパスの量が半端じゃありません。ビールを一杯頼むと、おつまみとしてホットドッグ位の大きさのハムサンドが!これ、無料です。(マドリッドでは、ポテトチップスやオリーブ程度が普通です。)二杯目を頼んだら、今度はゆで卵に衣をつけて揚げたものが登場!こんな調子なので、いつもの通りにバルを梯子すると、最後の方はタパスが出ても食べられません・・・。ちょっともったいないかなぁ(^^;)

夜の大聖堂。ローマ様式とゴシック様式の混ざった、スペインでも一番古い大聖堂の一つだそうです。

夜の大聖堂。ローマ様式とゴシック様式の混ざった、スペインでも一番古い大聖堂の一つだそうです。

アビラの旧市街は全体が城壁で囲まれており、塔が88もあります。その城壁は何と築後1000年も経っているんです。この城壁の石は茶色の大理石ということで、が日の光を受けてピンクがかったクリーム色に輝いている様子は本当に美しく、また夜にライトアップされた城壁の白さも圧巻でした。普通の城壁の石とは違う輝きですで、これだけでも見る価値ありでしょう。

夜の写真はなかなかうまく撮れなかった為、Juanが以前行った時の写真を送ってくれました。

夜の写真はなかなかうまく撮れなかった為、Juanが以前行った時の写真を送ってくれました。

では、ちょっとこの街の歴史をご紹介。まずは、この街の歴史に関わった民族について。

16世紀に立てられた宮殿兼アカデミー。現在は陸軍の古文書保管センターです。

16世紀に立てられた宮殿兼アカデミー。現在は陸軍の古文書保管センターです。

①ヴェトン人
アビラの歴史は、紀元前5世紀のヴェトン人(スペイン語ではvetón、英語ではvetton)まで遡れます。彼らがこの地を「高い山」という意味のオビラ(Óbila)と呼んだことがアビラの名前の由来だとか。

ちなみに、このヴェトン人はスペイン北西部/ポルトガルに住んでいたケルト系の部族で、イギリスやアイルランドのケルト人と共通の文化も多いんです。バグパイプや巨大な石の文化等がその代表です。(バグパイプはスペイン語ではgaita。英語とは全然違いますね。)

②ローマ人
その後はローマ人の登場です。彼らはアビラをAbila、Abelaと呼び、様々な建物を建てました。旧市街(スペイン語ではcasco viejo)にはローマ人の建てた建物の土台部分が残っていたりします。

③西ゴート族
ゲルマン人の大移動と言えば、イベリア半島を通過したこの西ゴート族。(世界史を思い出します!)7世紀に彼らが建てた教会なども未だに残っています。10世紀以上前の建物と新しい建物の融合。これが石の文化の醍醐味でしょう。ここは戦略的にも重要なポイントだったらしく、西ゴート族の王の娘のお墓等もあります。

アビラには沢山の教会があります。

アビラには沢山の教会があります。

④イスラム教徒&キリスト教徒
その後、8世紀頃からは、この戦略的に重要な地域がイスラム教徒とキリスト教徒の領土争いの的に。城塞のほとんどはこの時代にできあがったそうです。住民の多くは避難し、一時期ほとんど人の住まない場所となりますが、その後キリスト教勢力が盛り返し、15世紀にはアラゴン王国のフェルナンド王とカスティーヤ王国のイサベル王女が結婚、レコンキスタへの大きな一歩となります。この辺りから、アビラにも人がたくさん住むようになり、キリスト教文化が大きく花開きます。

<アビラで有名なもの・こと>
アビラと言えばまず城壁ですが、実は他にも有名なものが。

●大統領
フランコの死後大統領となったスアレス(Adolfo Suárez)はアビラの議員から大統領に上りつめた人です。さらに、1996年~2004年に大統領だったアスナール(José María Aznar)はアビラ出身ではありませんが、アビラで県会議員に選ばれた人。やはり、大統領の影響があったお陰で、アビラではインフラ整備が進み、色々な問題が迅速に解決されたとか。スペインは今でも何かとコネが役に立つ国ですが、昔はもっとその影響が大きかったそうですから、きっとアビラもその好意を享受したことでしょう。

●聖女テレサ(アビラの聖テレサ)

アルカサル門の近くにある聖女テレサの像。

アルカサル門の近くにある聖女テレサの像。

日本語では「聖テレジア」と呼ばれることもあります。テレジアと言うと、ノルマンディー地方の「幼きイエズスの聖テレジア(フランス語ではテレーズ)」と、この「アビラの聖テレジア」の二人が有名です。(それぞれ、小テレジアと大テレジアとも呼ばれます。)ここではスペイン語に合わせてテレサで。

アビラの聖テレサは、1515年このアビラの名門の家に生まれます。幼い頃から非常に宗教心に厚く、修道院に入ることを決意。父親の反対にあうも、19歳の若さでカルメル会の修道院に。その後、数々の病気にかかり、また多くの霊的体験をし、「裸足のカルメル修道会」を設立します。裕福な両家の子女が修道女になる中、この修道会の質素さは糾弾されたこともあるとか。質素な生活をし、寒いアビラの地で冬でもサンダルしか履かず、スペイン全土を旅して修道会の設立に貢献した彼女は、死後40年で列聖されます。

アビラでは、彼女が幼少期を過ごした場所、大切に保管された遺骨や彼女の残した自筆の書類を見ることができます。また、聖テレサ修道院(Convento de Santa Teresa)では色々な国の言葉でミサが行われており、この聖人の育った村の息づかいを今でも感じることができます。昔の建物がそのままになっている為、まるでそこに彼女がいるような気さえしてきます。

聖テレサ修道院(Convento de Santa Teresa)

Convento de Santa Teresa

そうそう、アビラは人口比のホテルの数が多いことでも有名です。古い領主の館をホテルに改装したものが多く、私達の宿泊したパラシオ・バルデラバノス(Palacio Valderrábanos)というホテルも、14世紀まで遡れるバルデラバノス家という家系のお屋敷でした。18世紀まで隆盛を極めたこの一家も18世紀以降は没落し、この屋敷も売却。普通のマンションのように何世帯か住む形になった後、現在の所有者が改装し、昔の雰囲気を残した形でホテルになったとか。15~17世紀の甲冑や絵画が飾られていて、装飾を見るだけでも随分楽しめました。

ホテル入口の壁画。こういった壁画がアビラでは至る所にありました。

ホテル入口の壁画。こういった壁画がアビラでは至る所にありました。

アビラでは、友人夫婦だけでなく、彼らの知り合いとも現地で待ち合わせをし、話をしながら夜まで過ごしました。お昼はこの地方で有名な田舎風のレストランで、コシード(Cocido)というソーセージと豆の煮込みをいただきました。寒い日にはもってこいの料理で、本当に美味しかったです。こうして初めて会う人たちとも楽しいひと時を共有でき、思い出に残る旅となりました。

最初はサラダとカスティーヤ風スープ(Sopa Castellana)。パンが入ったニンニクとパプリカのスープです。

最初はサラダとカスティーヤ風スープ(Sopa Castellana)。パンが入ったニンニクとパプリカのスープです。

キャベツのピクルス&オリーブオイルあえと、コシードのひよこ豆。お豆、お肉、スープが分けてサーブされます。

キャベツのピクルス&オリーブオイルあえと、コシードのひよこ豆。お豆、お肉、スープが分けてサーブされます。

煮込んだ後のお肉はこうして切り分けて出されます。色んな種類があります。

煮込んだ後のお肉はこうして切り分けて出されます。色んな種類があります。

夜美しい城壁を堪能し、ホテルでゆっくりした後、次の日は朝から一人で散策をしました。(夫はゆっくり朝寝です。)冷たい空気が肌を刺すようでしたが、日の光はどこまでも温かく、心が洗われるような景色を目にしながら散歩を楽しみました。聖テレサ修道院ではミサにも預かり(アジア人の集団がいると思ったら、何と韓国語のミサでした!)、昔の聖人に思いを馳せつつ、現在とも過去ともつかないような風景の中に浸ってきました。そして、彼女の生家を見た後に、闘病中の友人とお世話になったピアノの先生に1つずつメダイを買って帰りました。

早朝の空と大聖堂。

早朝の空と大聖堂。

大聖堂の中。

大聖堂の中。

スペインのお祭り騒ぎは嫌いではありませんが、こういうしっとりとした旅も良いものですね。新しい場所を訪ねたというだけでなく、ゆっくり過ごせたせいか、日々の忙しさの中では忘れがちな感謝の気持ち、大切な友人のこと等がよく浮かんできた旅でもありました。

また訪ねたいと思う街が一つ増えました。

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6 Comments

  1. Ola!
    アビラ牛はいかがでしたか??
    日本でいうところの松阪牛でしょうか??
    僕が行った時はバルで軽く食事しただけなので、アビラ牛かどうかは怪しいのですが・・・。でも、おいしかったです!

    (アビラに限ったことではないかもしれませんが、)城壁がこんなにきれいに残っているのも珍しいですよね。
    やはり、世界大戦の舞台にならなかったことも関係しているのでしょうか。

    Boas noites!

    • アビラ牛は食べる機会がなかったなぁ・・・。
      何せ、コシードを食べた後だったもので(^^;)
      私は個人的には神戸牛よりアビラ牛だと思うけれど、スペインの神戸牛熱は未だ冷める所を知りません。

      >やはり、世界大戦の舞台にならなかったことも関係しているのでしょうか。

      確かに、世界大戦の舞台にならなかったから遺跡が残っている、っていうのはあると思います。
      その反面、スペイン内戦で破壊された建造物もあるということだし、やっぱり戦いのあった場所からはずれていたのが良かったのかしら?
      今ちょうどスペインの歴史の本を読んでいるんだけど、未だにスペイン内戦で何派と何派が分かれていた・・・という辺りはごちゃごちゃしてしまいます(笑)

  2. 神戸牛人気なのですか??
    日本のお肉も海外に輸出されているんですね。知らなかったです!
    日本では最近「イベリコ豚」の文字をよく見かけます。

    スペイン内戦で破壊された有名な建物ってどんなのがあるでしょうか・・・調べてみます!
    空襲があったかどうか、というのも大きいのかなと思いました。ゲルニカはドイツ軍の空襲を受けて町が破壊されたようですが、その他の町で空襲というのはあまり聞いたことがないので。

    • >日本のお肉も海外に輸出されているんですね。知らなかったです!

      実は、神戸牛の生きた牛を輸入しているという話も聞きましたが・・・そうすると、denominación de origenはどうなるんでしょうね?本当の神戸牛と言えるのか心配です(^^;)

      >スペイン内戦で破壊された有名な建物ってどんなのがあるでしょうか

      破壊されたものはたくさんあるけれど、有名なものと言われると・・・うーむ。
      マドリッドやアンダルシアの多くの地域も空襲で破壊されたはずです。
      私たちのいたComplutense大学にも、銃弾の痕が残っているモニュメントがありましたよ。
      あと、ToledoのAlcazarなんかは、未だにその修復作業で中に入れないはずです。
      中に入りたいなぁ、、、と思って早4年!

      >ゲルニカはドイツ軍の空襲を受けて町が破壊されたようですが、

      記憶が定かではないけれど、確かゲルニカの空襲は、ドイツ、イタリアと一部のスペイン人によるものだったと思います。
      あとは、建物ではなく虐殺の場所だったら無数にあると思います。
      同じ国民が殺し合った歴史というのは、やはりスペイン人にとって語るのが難しいのかも知れません。

  3. すごいコシードですね。久しぶりに日本から戻ったので、こういうスペイン料理をみるとやはり油の量に驚かされます。何度見てもこの驚きはあるようです。

    前々からブログをリンクしていただいていて、私もHarukiさんとリンクしたいと思っていたのですが、やっとその操作が完了しました。どうぞよろしくお願いします。

    近いうちにAVILAには、ルネッサンス期の画家の作品をじっくりと調査するために、主人について行く予定です。今回はアヴィラに詳しい方々と行くので、料理もどんなものになるか楽しみにしているのですが、あまり食べ過ぎると動けなくなるので、気をつけたいと思っています。AVILA県にはまだまだ素敵な場所がたくさんありますね。寒くて大変なのが玉にきずの地域ですが…

    • Chihoさん

      コメントありがとうございます!
      そして、返事がおくれてごめんなさい。ずっと気づいていませんでした。。。

      >こういうスペイン料理をみるとやはり油の量に驚かされます。

      時々日本から友人が来るとスペイン料理のお店に連れていきますが、コシードとコチニーヨは量を加減しないと後でノックアウトですね(笑)
      私も今は慣れましたが、最初のクリスマス@suegrosの家の時は、最後は胃が食べ物を受け付けなくなりました。
      朝食にコーヒーとケーキ、お昼も夜も遅い時間に脂っこいもの、さらにお酒が毎食出て来る生活は、リッチなようでいて胃に負担をかけるものですよね。

      >前々からブログをリンクしていただいていて、私もHarukiさんとリンクしたいと思っていたのですが、やっとその操作が完了しました。どうぞよろしくお願いします。

      嬉しいです☆
      いつもchihoさんのHPは楽しく拝見しているので、こういう形でつながることができて感激です。
      こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

      Avilaの旅が実り多いものになりますように。
      寒いですので、防寒対策はしっかりと(^^)
      あの寒い土地に行くと、聖テレサが裸足でいたということが奇跡のように感じますよね。
      もうそれだけで聖人になれるのでは、なんて友達と話していました(笑)