Haruki's way

〜スペイン・この不可思議な国〜

ビルバオでの披露宴

もう先月の話になってしまいますが、友人の結婚式でスペイン北部バスク地方の都市ビルバオ(Bilbao)に行ってきました。

ビルバオの有名なグッゲンハイム美術館。

ビルバオの有名なグッゲンハイム美術館。

ビルバオはバスク自治州(País Vasco)の中のビスカヤ(Vizcaya)県の県都です。ビスカヤと言うと聞き覚えがないかと思われますが、中学時代に地理で習った「ビスケー湾」は英語で”Bay of Biscay”、スペイン語では”Golfo de Vizcaya”。この湾の名前はビスカヤという土地から由来しているのです。mapa espana

ビルバオは海に隣接してはいませんが、都市を横切る大きなネルビオン川(Nervión)がビスケー湾に注ぎ大西洋に続いていることから、工業都市として19世紀から発展してきました。鉄鋼業、海運業、造船業等は特に有名で、その発展を元に、銀行や証券取引所等も発展しました。現在国際的に有名なBBVA銀行(Banco Bilbao Vizcaya Argentaria)は1859年代に設立されたビルバオ銀行が前身となっています。

20世紀初頭には都市の整備も進み、非常に発展したビルバオですが、スペイン内戦で爆撃に遭い、重要なインフラ設備を失うということも経験しています。内線で爆撃に遭ったバスク地方の村ゲルニカ(バスク語でGernika、スペイン語でGuernica)は、ピカソの絵でも有名ですが、この村はビルバオから20キロ程度の場所にあります。

その後50年代にはまた工業都市として発展して行きますが、次第に産業の空洞化が進みます。鉄鋼業や造船業等の需要が大きく減ったことに加え、フランコの抑圧政策に反対し、バスク独立運動を行うグループ「バスク祖国と自由(Euskadi Ta Askatasuna:ETA)」のテロ活動等も頻発し、ビルバオは壊滅的な影響を受けます。

このような都市の荒廃を経験した後、ビルバオの都市活性化運動が高まります。1990年代からはグッゲンハイム美術館を筆頭に、多くの有名な建築家による建物が建設され、19世紀後半から20世紀初頭の建築物と相まって、バルセロナにも劣らない独創性のある都市に成長します。また、バスク地方は緑が豊かで福祉が充実していることでも有名ですし、食事が美味しいことでも良く知られています。(ミシュランの三つ星付きのレストランがバスク地方にはいくつかあります。)さらに、最近ではバスク語(Eusukera)、フランス語、英語、ドイツ語教育等にも力をいれるようになり、少なくともスペイン語とバスク語のバイリンガルであるというのが当たり前。さらには、デウスト大学等の国際的に知られる大学での教育プログラム等も充実しています。大人から子供全てにとって住みやすい都市という印象を受けました。

ビルバオのカテドラル。

ビルバオのカテドラル。

二人の結婚式が行われたデウスト大学の教会内で。

二人の結婚式が行われたデウスト大学の教会内で。

今回結婚を執り行った新郎の名前はアルバロ(Alvaro)。3年前に起業をし、現在は転職希望者と優秀な人材を採用したい企業の間でのマッチングの会社Talentousを運営する若きCEOです。普通の就職活動サイトと違い、転職希望者は入会金を払う代わりに、希望の職種に必要なトレーニングを受けられるようにできているのが特徴です。(最初にインタビューをしてその人に本当に資質と熱意があるかどうかも見るので、企業にとっても優秀な人材を確保しやすい環境が整っていると言えます。)

新婦の名前はロレア(Lorea)。以前働いていた企業の上司から引き抜かれ、こちらも新しいファッション関連の会社を立ち上げた所です。彼女はマーケティングの他に服飾の勉強もした人で、娘の為に素敵なコートを作ってくれたこともありました。私は彼女のエレガントなファッションセンスが大好きで、今から彼女のデザインしたバッグを予約しています。

私達がこの友人と知り合ったのは2009年。その後、私達が日本で開いた披露宴にも参加してくれ、日本の文化や私達の友人との交流をとても楽しんでくれました。

ビルバオでの料理の美味しかったこと!

ビルバオでの料理の美味しかったこと!

今回の結婚式では、かおりに結婚式での新郎新婦に付き添うお手伝い役(dama de honor)を、新婦の甥と姪と一緒にお願いされました。仲良くしている友人達の結婚式にこういう形で参加できることが本当に嬉しく、喜んでそのお役目を受けることに。

ちょうど、日本への一時帰国から戻った次の週にビルバオということで、準備の時間がほとんどありませんでしたが、一時帰国の直前に色々なお店を回って子供達と私に必要な物を揃えることができました。こういう時、男性の服の準備は楽で助かります(笑)

今回の旅は、まず新郎新婦と一緒に木曜に現地入り。実は、ビルバオの空港ロイウ(Loiu)は山に囲まれた地形と強風で、着陸が難しいことで有名です。職場の同僚にビルバオに行くと言った途端に「あの空港に着陸するパイロットの腕前は確からしいよ。」と言われたので、何か怪しいとは思ったのですが・・・。ちょっとドキドキしたものの、何の問題もなく到着しました。

結婚式前々日の新郎新婦。ゆったりしています。

結婚式前々日の新郎新婦。ゆったりしています。

木曜と金曜は、主に新郎新婦の家族や友人と知り合ったり、子供達を公園で遊ばせたり、市内を散歩したりして過ごしました。新郎新婦は色々な準備をしていましたが、マドリッドからの遠隔操作を上手にやっていたようで思った以上にリラックスしていて、合間に私達と一緒の時間を沢山とってくれました。これも自分でビジネスをする人達ならではの手腕なのでしょうか。自分達が準備した披露宴を思い出し、その違いにちょっと笑ってしまいました。また、金曜の夜には新郎新婦がホテル内のイベント会場でカクテルパーティーを準備してくれたお陰で、色々な友人と時間を取ることができました。

子供達が喜ぶような公園がいくつもあり、親子にとって楽しいひと時がとれました。

子供達が喜ぶような公園がいくつもあり、親子にとって楽しいひと時がとれました。

歩き始めたばかりの息子も、公園が気に入ったらしくずっと歩いていました。

歩き始めたばかりの息子も、公園が気に入ったらしくずっと歩いていました。

こういう公園等の設備の良さに、ビルバオの都市の力を感じました。

こういう公園等の設備の良さに、ビルバオの都市の力を感じました。

さて、土曜日の結婚式当日。新婦は自分がデザインしたドレスに身を包み、静かにホテルで車の到着を待っていました。反面、私は偶然花嫁のお手伝い係で先に別の部屋に行っていた娘とホテルのロビーで鉢合わせ。「ママと行くー。お願いー!」と言って言う事を聞かなくなってしまった娘を何とかなだめようとしている間に、皆を乗せた教会行きのバスが出発!何と、最終的には新婦の車に乗って式場に行くことになってしまいました。(娘はタクシーで行きましたが、私は入らなかったので困っていたのです。)ちょっと申し訳なかったです。

新郎新婦の「お手伝い」をする娘。退屈そうな顔をしていたものの、2歳の姪っ子はブーケを投げようとしていたので、その子と比較してちょっとホッとしました。

新郎新婦の「お手伝い」をする娘。退屈そうな顔をしていたものの、2歳の姪っ子はブーケを投げようとしていたので、その子と比較してちょっとホッとしました。

結婚式は新郎の卒業したデウスト大学の中にある教会で執り行われました。卒業生のみが使えるという教会で、とても格調のある素敵な建物でした。新郎が最初に行ったスピーチも良かったですし、新婦が式の為に選んだ曲もとても素敵でした。曲の中には、馴染みのあるヘンデルの「もろびとこぞりて」やパッヘルベルの「カノン」等もありましたが、バスク語のミサの曲もいくつか入っていました。その中の、”Aita Gurea(Padre nuestro, 天使祝詞)“という曲は本当に心に残りました。幸せそうな新郎新婦を見ながらこの曲を聞き、本当に感動で胸が一杯になりました。

自分のデザインしたドレスに身を包んだ新婦は、本当にエレガントで素敵でした。

自分のデザインしたドレスに身を包んだ新婦は、本当にエレガントで素敵でした。

その間、娘は何とか式での役割を果たし、式の間中「あーいあーいあーい」と音を出したり動いたりしていた息子は、パパと一緒に後ろに行っていたので、今回は私は珍しく集中して式に参加することができました。本当に良かったです。

教会で歩き回る息子。夫の協力のお陰で、何とか静かにしていてくれました。

教会で歩き回る息子。夫の協力のお陰で、何とか静かにしていてくれました。

式の後、階段を下りる新郎新婦の前に新婦の弟が登場。バスク地方の伝統的な踊りであるアウレスク(Aurresku)を披露してくれました。この踊りは、大きなお祭、結婚式、重要な公式行事等で踊るもので、多くの技術を必要とします。新婦の家族は皆この踊りを踊ることができ、プロとしても活躍した腕前の人達なので、さすがに見応えがありました。その後はロレアとお姉さんのヨセベ(Josebe)も参加。皆の踊りの上手なこと上手なこと!感心してしまいました。

ロレアの弟の踊るダンス。なぜか娘が新郎新婦に走りより、3人でダンスを正面から見物する形に。

ロレアの弟の踊るダンス。なぜか娘が新郎新婦に走りより、3人でダンスを正面から見物する形に。

素敵な新郎新婦でした。

素敵な新郎新婦でした。

姉弟が参加してのダンスはとても素晴らしいものでした。

姉弟が参加してのダンスはとても素晴らしいものでした。

式の後に、本領を発揮して走る娘。後ろに見えるのがデウスト大学。

式の後に、本領を発揮して走る娘。後ろに見えるのがデウスト大学。

結婚式の後の披露宴は、そこから20分程歩いた所にあるグラン・ホテル・ドミネという場所で。このホテルのテラスでアペリティフをいただいてゆっくりした後、ホテル内の披露宴会場でランチ。このホテルのテラスからの眺めの美しさにはびっくり!食事も本当に美味しかったのですが、この眺めだけでも本当に満足でした。

披露宴の開かれたホテルのテラスからの眺め。改めて、建築物と緑の美しさに圧倒されました。

披露宴の開かれたホテルのテラスからの眺め。改めて、建築物と緑の美しさに圧倒されました。

バスク地方は料理が美味しいことで有名なだけあって、披露宴の食事は今までの披露宴の中でも一、ニを争う位の素晴らしいものでした。(一番がいくつもあるような気もしますが。)たとえば、アペリティフに出て来たスモークサーモンは、「ケイア サーモン(Salmon KEIA)」と言ってビスカヤ県で採れる一番上等な鮭を熟練の技術でスモークした最高級の物でしたし、スペインでも一番質の良い種類のイベリコ豚のハムを本当に上手に薄く切って出されたり、、サルモレホ(salmorejo)というスペインの冷製スープが美しい器に入ってサーブされたり・・・と、土地の物を上手に活用した美味しい料理ばかりでした。披露宴会場での料理も、新鮮なタラの料理、アンコウに火を通し、それにポテトやタコのお料理を添えたもの、口直しにバジルのシャーベット、美味しいお肉料理にミルフィーユとアイスのデザート等が出て、本当にお腹一杯の一日でした。

どれも舌鼓を打つ美味しさ。

どれも舌鼓を打つ美味しさ。

飾り付けも美しかったです。

飾り付けも美しかったです。

ケーキを切る新郎新婦。こういう場面で写真を撮る人がそこまで多くないのが日本と違う所かも知れません。

ケーキを切る新郎新婦。こういう場面で写真を撮る人がそこまで多くないのが日本と違う所かも知れません。

ケーキもとても美味しかったです。

ケーキもとても美味しかったです。

その後のダンスも和やかに進み、最後は下のダンスホールで皆で過ごしました。流石に遅くなって来たので、私は9時においとまをしてホテルに戻り、子供達をお風呂に入れて寝かせて・・・と、一連の作業を終えたのが11時位でしたが、本当に楽しい一日でした。

ワルツを踊る新郎新婦と座って眺める子供達。

ワルツを踊る新郎新婦と座って眺める子供達。

子供達同士でもなかなか楽しく過ごしたようです。

子供達同士でもなかなか楽しく過ごしたようです。

その次の日は、夫に子供達を預けて朝からグッゲンハイム美術館へ。新郎の叔母さんと親しくなり、二人で一緒に行ってきました。ちょうどオノヨーコの展覧会もやっていました。彼女の作品はちょっと奇抜なものもありますが、それなりに楽しむ事ができました。でも、やはり一番良かったのは常設展でしょう。”The Visitors”という色々な音楽の演奏を合わせた作品は素晴らしく、1時間という長さにも関わらず、かなりの時間をそこで過ごしました。

最近夫の携帯を使って「もしもし」をするのが好きな息子。これと美味しい食事で、長丁場の披露宴も乗り切ってくれました。

最近夫の携帯を使って「もしもし」をするのが好きな息子。これと美味しい食事で、長丁場の披露宴も乗り切ってくれました。

最後は駆け足で過ぎたビルバオ滞在でしたが、大切な友人の結婚式に参加することができ、彼らの育った土地をしることができ、本当に有意義な滞在となりました。日本に住んでいる方にも、是非お薦めの場所です。

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